新VRM3★井戸端会議

VRM3こそお金が掛からない大人の一人遊びだ。そういう考えの方どうぞ!

鉄道勉強会

元機関士の話の再登場だ。3

探したら なんとかVRM3★王国のネタが あったので ここで紹介だ。 15年以上も前の記事なのでね そのまま抜粋掲載だ。画像は、拡大しませんので ごめんね

元機関士のたよりない話8

形見分けと言ったら怒られるが色々整理してたらEF71のパンフレットが出てきた。たぶん電気機関車の運転手の試験の時の教習用車輌かなんかだと思うが 本物の電気機関車の説明書は初めてみたので驚きだ。 それにしてもEF81は知ってるがEF71は,今まで本や雑誌を見てるが ほとんど写真や記述が見当たらなかった。よほど人気がないのかなあと思ってた。ところが どっこい知る人ず知る名機関車じゃありませんか。それも15両しかないし こちら東北だけの機関車みたいなのだ。これは調べなきゃと本を見たら 今は 山形新幹線に換わって 全て廃車じゃありませんか。それも どこにも写真や記述が本には,載ってなかったのである。そんな時 ヤフーの検索で見てみたら あるは,あるは,沢山あるじゃないですか。この差は、何なんだ!しかし本など人気がない機種は,写真1枚も載せないのかよマイナー機種はつらいのだ。  



 EF71は,みちのくのシェルパだったのだ。

EF71は,1968年〜1973年にかけて奥羽本線板谷峠間の交流化に伴い峠区間専用の補助交流機関車として誕生した。全長18.6m 重さ96t出力2700kwの当時としては力持ちであった。そのため 当時 峠の力餅なる駅弁みたいな物があったらしいのだ。何でも この奥羽本線の板谷峠て言うのは,連続33.3%の上り勾配で 途中スイッチバックもあった難所だったらしいのだ。あの碓氷峠に負けない位の峠らしいのだ。まあ同じ東北に居ながら 知らなかったのだから鉄ちゃん以外知らないのは,しょうがないか。と都合のよい いい訳だ。そんなEF71も1992年に全廃させられているのだ。使い道が無かったらしいと書いてあったのだ。世間は冷たいのだ。しかし 全廃になってた1輌が この仙台の近くの利府にあったそうなのである。もしかして あの汚い機関車がそうだったのか 毎回通った時見た覚えがあったがEF71とは,知らなかった。 そんなEF71の沢山あるHPを覗いていたら今度 引越しをしてすぐ隣の新幹線の車輌基地に運ばれた写真を発見した。色も塗り直したみたいだ。 仙台の公園なんかにも本物の蒸気機関車置いてあるが 綺麗に磨いてあるの見たことないなあ。 こういう機関車なんかは,マニアに無償で譲ってやった方が丁寧に大事にするから いたずらや落書きで駄目にするより よっぽどましだと思うのだが どうだろうか?EF71で検索すると沢山の写真が載ってるHPがありますよ。    



 元機関士のたよりない話9

前のところで情報が確かでないEF71のパンフレットを紹介してしまったので 今度は本物の説明書を紹介する。このDD13ディーゼル機関車の説明書は,DD13の500番台(501〜518)と600番台(601〜651)の重連用の接続する時のブレーキ,空気管などの回路図が書いてある説明書で この他に拡大した青焼きした大きな図面もあった。この回路図を覚え なをかつ構造も覚えるのだから 数学わからなきゃ出来ないわ。改めて86歳のじいさんに関心させられた。運転手なんて車と同じで運転だけ覚えればいいのかと思ってたけど昔は 構造も覚えなければ駄目なのだ。そういえば おいちゃんが車の免許取った30年以上前は,構造も試験問題にありエンジンの構造位はわかってたが 今の人は,エンジン自体が何かもわからなくても運転できるから楽だな。だから他に「DD13 51号以降の故障及び現象」など 運転手が故障の原因などの報告書を書いた物まであるのだ。空ノッチ試験などが書いてあり 結構トラブルがあったみたいだ。こんなの今あったら三菱自動車じゃないけど新聞沙汰かもしれないが40年も前のことだから時効だな。



蒸気機関車80年史より1

昨日 紹介した蒸気機関車80年史の後ろの方にあった蒸気機関車の年代表から仙台機関区在籍の蒸気機関車を紹介する。このガリ版印刷の字だけでは,わからないので 「蒸気機関車メカニズム図鑑」グランプリ社のイラストを拝借して載せた。最初は,明治時代から大正にかけのタンク機関車とテンダー機関車を載せてみた。 


 

蒸気機関車80年史2

こちらは昭和の初期の蒸気機関車である。なを年号と番号だけのやつは,参考イラストがなかったので 一応在籍の車輌だけ番号を紹介する。この中では,C55流線型やじいちゃんいわく運転手から一番カッコいいと言われてたC57あたりが 一押しだ。




蒸気機関車80年史3

最後は,戦時中から戦後にかけての蒸気機関車だ。まあここで誰でも知ってる事だけどCは,動輪3つでDは,動輪4つ そしてCは旅客専用でDは貨物専用なのだ。ここまでは,なんとなくわかっていたがスピードが違うとは,知らなかったのだ。要するに動輪が大きい方がスピードが出る高速タイプで動輪が小さい方がパワータイプなのだ。これじいちゃんに聞いて始めて知ったのだ。だから 仙台機関区は旅客専用だからC51,C62などがあり 貨物専用のD51,D62は隣の長町機関区の配属で分かれていたらしいのだ。 でも長町機関区でD51なども運転したとも言っていた。 

全然 たよりない機関士じゃなかったと 今更に思うのだが 当時は、まだらボケでいたのでね やっとこさ話が聞けた状態だったんですがね もう亡くなって 15年以上ですか 自分も そういうばだらまだらボケみたいな感じになって ど忘れが 多くてね やっぱり歳だね



 



元機関士の話の再登場だ。2

探したら なんとかVRM3★王国のネタが あったので ここで紹介だ。 15年以上も前の記事なのでね そのまま抜粋掲載だ。  画像は、拡大しませんので ごめんね









元蒸気機関士のたよりない話4

前にも紹介したがおいちゃんの義理のオヤジさんが蒸気機関車やディーゼル機関車の運転手だった話をしたが 珍しい資料が出てきたので 紹介だ。この資料と言うか たぶん内輪の運転手たちが作った物だと思うのだが仙台運転所の年表見たいなものが書かれている。内のじいさんが最後の機関士で このガリ版では,昭和42年10月に蒸気機関車が全廃になっている。まあ約40年位前の事なので 前からの機関士は蒸気機関車と共に辞めて行ったのだろう。 じいさんは,当時46歳位で この歳で 当時20歳位の若い兄ちゃんと 又一から勉強して電気機関車やディーゼル機関車の試験に合格して その後も活躍してた。 おいちゃんも後で知ったが 結構電気関係知らないと難しいらしいのだ。 そんな じいさんも86歳だ。最近 体調も悪く 蒸気機関車やディーゼル機関車の話など さっぱり しなくなった。今頃 聞く方が 悪いのだが おいちゃんも 今まで興味無かったからなあ。 



元蒸気機関士のたよりない話5

 中身は,仙台機関区蒸気機関車80年史のタイトルのガリ版刷りだ。明治19年6月日本鉄道株式会社が機関車庫を設立 20年12月東北本線上野〜塩釜開通に伴い現在の仙石線地下道北側付近に長方形車庫建設 明治24年9月東北本線上野〜青森開通後は 抜粋して書きますが明治31年8月常磐線開通 明治39年11月国鉄に変わる 仙台機関庫になる。(当時の職制 機関庫主任(区長)機関庫助手(助役)機関士,火夫,掃除夫,炭水夫,合図方,職工 大正5年10月現在地に扇型車庫建立 大正7年機関車及び乗務員の長距離運転開始(区間 仙台〜盛岡 仙台〜白川 仙台〜平)まあ他は建物の新設とか増設の話なので機関車に関したものを抜粋。 昭和25年10月C61形機関車15両によって仙台〜上野長距離運転開始12月仙台〜青森間の長距離運転開始 昭和29年1月C60形機関車10両配置 昭和33年10月特急列車はっかりC61形で仙台〜青森間運転昭和38年仙台電化完成 昭和42年10月常磐線電化に伴い蒸気機関車(C61形3両C60形8両)全廃。 まあこんな感じが書いてある。




元蒸気機関士のたよりない話6

一緒に蒸気機関車の年表もあったので紹介だ。●印のある物が仙台機関区に在籍してたものらしい。
追伸 これらの資料は,全てJR東日本の車輌基地の方に手元に持っててもしょうがないので預けた。ゴミなのか資料なのか おいちゃんには,わかりませんが 何かの機会にどこかに資料として残ればね



元蒸気機関士のたよりない話7

一緒に 表彰状があったので紹介だ。10万キロ無事故記録の記録証みたいだ。 今の人はわからないけど 昔の国鉄の機関士と言えば 鬼の動労と言われた闘う組合員の一団だったのだ。だから国鉄職員と言っても他の職員とは別格扱いだった。そういえば30年位前72時間以上も電車止まった時があったなあ。まだ義理のオヤジさんじゃ無かったけど あの時は,東京に居て 通勤が出来なくて 確か歩いて2時間以上掛けて会社に通った記憶があるなあ。あの時ほど 動労ほど憎い存在なかったけど JRになって一番徳したのもこの人達じゃないのおかげで 今じゃ誰もスト出来るほどの組合は日本じゃないもんね。
(大きな声じゃ言えないけど 昔心中とか自殺というと機関車に飛び込むケースが多かったらしい だから新聞なんかに載らない飛び込み事故なども多かったと聞いた事がある。その中での無事故それも10万キロは,凄いね。同じ車でも10万キロ走るのは,プロのドライバー以外少ないからね)




元機関士のたよりない話8

形見分けと言ったら怒られるが色々整理してたらEF71のパンフレットが出てきた。たぶん電気機関車の運転手の試験の時の教習用車輌かなんかだと思うが 本物の電気機関車の説明書は初めてみたので驚きだ。 それにしてもEF81は知ってるがEF71は,今まで本や雑誌を見てるが ほとんど写真や記述が見当たらなかった。よほど人気がないのかなあと思ってた。ところが どっこい知る人ず知る名機関車じゃありませんか。それも15両しかないし こちら東北だけの機関車みたいなのだ。これは調べなきゃと本を見たら 今は 山形新幹線に換わって 全て廃車じゃありませんか。それも どこにも写真や記述が本には,載ってなかったのである。そんな時 ヤフーの検索で見てみたら あるは,あるは,沢山あるじゃないですか。この差は、何なんだ!しかし本など人気がない機種は,写真1枚も載せないのかよマイナー機種はつらいのだ。  

元機関士の話の再登場だ。1

探したら なんとかVRM3★王国のネタが あったので ここで紹介だ。 15年以上も前の記事なのでね そのまま抜粋掲載だ。画像は、拡大しませんので ごめんね

元機関士のたよりない話1

女房の親父さんは,元国鉄の機関士で蒸気,電気,ディーゼルの3種類の機関車を運転した今となっては珍しい爺さんなんだが,いかんせん85歳近いのでちょこっとう話が通じないところがある。今日用事があったので寄って少し話をしたのだが 熊本で走ってたSLあそBOY58654形の8620形蒸気機関車が28日で廃止された話をしてみたら なんと8620形も運転したことがあると言うではないか。ならもう少し聞いて見るとおいちゃんの知らない蒸気機関車の名前が沢山でてくるのだ。確かに爺さんは,ちょっと記憶が飛んでるところがあるが 今帰って来て調べて見たら本当にあったので報告だ。爺さんは,70年前くらいに国鉄に入り蒸気の釜焚きから すぐ機関士になった当時としては,優秀な機関士なので蒸気から電気に替わってもすぐ覚えられた爺さんだ。なんせ当時中学行ってないけど数学だけは得意だったらしい。仙台の運転所を拠点に北は盛岡 南は東北線が郡山,常磐線が平までと仙山線が山形あたりを中心に運転していたらしい。まあここら辺もうる覚えで正確かどうかはわからない。 でも機関車の番号を言うとすらすら答えが出てくるのだ。前に他で話したがC11,C51,C61そしてED75,DD51までは,前に聞いていたが 今回初めて8620,C10,C12,C56,C57,C59の名前が出て来た。C11は,知ってるけど他の番号の機関車を知らないおいちゃんは,ほんとかいなと思って調べたらあるじゃないですか。聞いて良かった。しかし こんなもんですよ。おいちゃん達が言ってる程 とうの運転してる本人は,機関車うんぬんなんて思ってないもんだよ。なんせ昔は,「泣く子も黙る鬼の動労」と言って国鉄の機関士て言うのは他の国鉄職員と違って機関車,電車を三日間も全国で停めた人達ですからね。逆にあんまり鉄道マニアだと 逆に業務に差し障りが出てくる方が多いかもしれんな。でも 他にED75の重連の走り方とか C51などの蒸気機関車の走りとか重連の走りなども少し聞いたが おいちゃんもこの年になるまで興味無かったので 爺さんに何十年もいつでも聞く機会ありながら聞かなかったので残念だ。



元機関士のたよりない話2

今回 
聞く方が何も知らないのではと思い協力助っ人持参で行きました。まずひとつはあの「山と渓谷社の20世紀栄光の蒸気機関車」の写真集とこれが凄いのですが「蒸気機関車メカニズム図鑑」グランプリ出版 細川武志著 この本の凄い所は 本人がイラスト(テクニカルイラスト)を書いてメカニズムを まるで車のサービスマニュアルのように書いてる所です。前置きは,さておき前回の確認からするとおもに運転したのは,常磐線の仙台-平間が多く次が東北本線の盛岡まで仙山線は仙台から作並までが多かったそうだ。もちろん蒸気機関車の頃の話なのだが いつ頃と聞くとこれが「まだらボケ」が出るので細かい事は記憶が飛んでるのだ。それでも思い出して 話したので 聞いてみた。東北本線と常磐線では,C51,C50が一番多く運転して 後半はC60,C61,C62を運転したらしいそしてたまにC55,C57,C58を運転したが なぜかC56だけはないらしい。それと仙山線では,C10,C11,C12を運転したらしい。本来仙台機関区の配属なので旅客が専門でC51、C61などスピードの出る機関車専門だったようだ。でも同じ仙台でも長町機関区でD51などで貨物を運んだと 初めて今日聞いた。旅客と貨物では,機関車の特徴が違うらしくD51などはスピードよりパワーの方が大事だし 又C11などテンダーのない蒸気機関車は,走行距離が短く 近郊向けなのだそうだ。鉄道マニアなら当り前の話だが ド素人のおいちゃんが聞いてるので そんなC51もD51も動輪の数が違うでけかなと思ってたので 細かい区分けを初めて知ったのである。しかし本当かどうか調べて見ないとわからないので疲れるのだ。



元機関士のたよりない話3

また爺さんの頼りない話の続きだ。爺さんの常磐線の平-仙台間の話だが どうも蒸気機関車が廃止になって約35年 またその蒸気機関車をその前に30年以上も運転してたのでC51,C61,C62が ごっちゃになって断片的に覚えてるらしい。何でも平-仙台間は約150Km位あるのだが 片道約3時間掛けて運転して4時間位休んで又3時間くらいで帰って来るのが多かったらしい。一番聞きたかったのは,どのくらい距離を走るのかだった。要するに石炭と水を満タンにしてだ。爺さんいわく水が17t位で石炭7t位で150kmでは,あまり盛岡辺り約200kmまでは,補給しなくて走ると言っていた。しかし この話もC51なのかC62なのか わからないので疑問だ。そこで参考までに調べたがD51のテンダーだと水20t石炭8tらしい。まんざらデタラメでもないみたいだ。平-仙台間は,比較的平で蒸気機関車1両で客車10輌位牽引して行くそうだ。たまに重連の場合だと12,13輌を牽引する事もあるそうだ。それと東北本線の福島方面の場合は ほとんど重連だそうだ。それと知らなかったのだが画像のイラストのC55の流線型の機関車も運転したそうだ。そしてC57がスマートで一番カッコ良かったと言っていた。やっぱり資料がないと 話にならないものだ。しかし蒸気機関車てのは,知ると面白いね。あのデカイ釜の中が水だらけで あのデフレくターと煙突の形状が トンネルなどの走行の時に煙が運転台に入らないようにするため改良をして来たことなど 知れば知るほど面白いのだ。とくにこの「蒸気機関車メカニズム図鑑」は 本当に参考になる。運転してる本人が その気ないので 全然資料がないので 本当に残念だ。

蒸気機関車で定時運行は、凄かったんだね

今日も 夜のお仕事なので 午後から起きて 暇なので いつものYouTube動画で 鉄道関係の動画を 漁っていました。 今日は、寝台急行八甲田などの記事を 探していたら C62の常磐線経由の急行みちのくという 蒸気機関車のドキュメント動画があったので紹介だ。

この常磐線で 思い出したのが 女房の亡くなった親父さんが 昔 国鉄時代の甲組の機関士だったので もしかして 映像に映ってないか 興味があって 覗いてみました。 親父さんは、平から一関までの区間だったとも 聞いていたので この水戸機関区というのか 運転所というのか そこまでは、行っていたのかどうかは、もう わからないのですが そういえば 今でも この常磐線の北の終着点は、地元の岩沼なんですが 現在 常磐線は、原発事故の関係で 北と南に分断されていて 繋がっていませんが 南相馬〜岩沼間も 水戸の運転所が管轄とも聞いていますね

しかし この動画を見て こんな感じで運転していたのかと 改めて凄い事をして運転していたんだと 関心しました。なんせ 親父さんが亡くなる寸前まで この鉄道には、興味が無かったので ほとんどというのか さっぱり蒸気機関車などの話を していなくてね 本当に勿体ない事をしたと 思っている次第だ。

女房の話しでは、かなり早くから機関助手(釜焚き)を 通り越して20歳前に機関士になったという話で 別に鉄道そのものが好きという訳じゃなく 体が弱かったのだが 数学などが得意で 当時 給料が高かったから 機関士に たまたまなったとの話だ。しかも あんまり人付き合いが得意じゃないのか まったく話さないので そういう話は、一切 聞かなかったんだね そこら辺の話しは、2010年にいいもの見せて貰いました。で ここの本家のVRM3★王国での記事を紹介していたのですが なんと、なんと 本家のVRM3★王国が 消えて消滅しているんだね

なんで、と 考えたら そりゃYahooBBを解約したら 無料のHPも 削除されるのでね そこまで 考えなかったね〜 残念至極だ。 結構 お気に入りの記事も 書いていたんですがね どこかに 残って居たら 又 探して載せますがね たぶん 無理でしょうかね なんせ なんだかんだで 考えてみたら15年近く前の記事でしたからね そこが このネット世界の 或る日突然 消えて無くなる DLしたゲームソフトだって わかんね〜からね

そこが 怖いのだが まあ そこに気が付く人は、少ないんでしょうが 本当に お金を出してDLして さて もう一度と思っても 認証とかで 別のPCには、移行できない場合もあるのでね そこが現代社会の管理社会とでも言うのか 要するに PCなどに詳しくない人は、 一度 ドツボにハマってしまうと やれアカウントだパスワードだとかね もう 一々覚えていないのでね さあ大変だ。 と これ 今のおいちゃんの現状ね

まあ どうでもいいか まあ 動画を ご覧になって下さい 考えても見て下さい あの 通勤ラッシュの首都圏に 蒸気機関車を定時運行で 走らせる そりゃ 蒸気機関車が消える訳ですね 

写真や 動画で ローカル風景を 走る姿しか見た事ないので こういうリアルな臨場感のある動画を見ると 興奮してしまう おいちゃんでした。

トラフガーター橋の続きから

この前 ここで紹介したトラフガーター橋の記事で 漏れていた記事を思い出して追加だ。

一番最初に紹介したのが2007年8月に VRM3ガーター鉄橋から何を見るか?1 と VRM3ガーター鉄橋から何を見るか?2で 実際に 無理やりデッキガーターなどの配置を考えていたのが そもそもの始まり見たいでね

それが まさか あのTomixから 2017年10月にトラフガーター橋が発売されるんだから まあ 驚きだね

ここで散々騒いで来ましたが 全然 相手にもさなかったトラフガーター橋を Nゲージで発売しかも ちゃんと 用水堀用の低めの橋脚まで用意してあるから 凄いね

やっぱり よく実際のローカル風景を観察していますね とにかく このトラフガーター橋は、色も長さも様々あって実際 現物を見ると 面白いんだがね まあ そこらは、ローカルレイアウトを作ろうと考えない人から見れば それが なんなのさ?となる訳で それは、メーカーさんも同じだが Tomixの担当者は、違っていた。 いや 最近のKATOの曲線スルーガーター橋でも そうですが 結構ユーザーの反応というのか 情報をくまなく探しているようでね まあ そこに ここが引っ掛かってくれれば 又 面白いのですがね

この前 ここでも紹介した ニキコのブログという所から 又 トラフガーター橋を紹介だ。

長良川鉄道 第3関川橋りょう ふたたび

長良川鉄道 第1関川橋りょう(デッキプレートガーダー) に行ってきました

長良川鉄道 第2関川橋りょう(スループレートガーダー) に行ってきました

樽見鉄道 第一根尾川橋りょう に行って来ました

なんか 見ている視点が 同じような感じでね こういう方も居るんだな〜と 思ったら なんか 又やる気が 出て来ました。 鉄道付帯設備好きが 結構 世の中には、居るもんですな〜

言い方が悪かったので訂正だ。

この前 ここで 紹介した記事のトラフ橋も作って欲しかったねですが これ完全に 言葉を間違えて紹介していました。というか 勝手に トラフガーター橋を 面倒なので トラフ橋と 自分の言葉にしていました。ごめんね

正式と言うのか 世間じゃトラフガーター橋という呼び名みたいですね

TomixでNゲージ用に出しているのが トラフガーダー橋(F)(深緑)(2本セット) と トラフガーダー橋(F)(赤)(2本セット)が あるんですね 使い方は、ここのホビーサーチ「鉄道模型」ところに載っていますが 実際は、こんなに高い所には、ほとんど使わないのでね 実際の使い方は、ニキコのブログという所の記事で 長良川鉄道 下有知開きょですという所に このトラフガーター橋の画像が載っています。おまけに 長良川鉄道 第3関川橋りょうの(Iビームガーター橋)などの画像も紹介だ。

で 基本的に間違っていたトラフ橋とは、信号ケーブルなどを入れるトラフを 地表の上に配置する為に 持ち上げたりする高架橋みたいなものの総称みたいですね 古河電工のトラフ橋や 日本電設のトラフ支持柱などを 言うみたいでね そして 少し長い用水堀や堀などに掛けるのが 管路橋 で これは、ここで オーダーメイドで制作しているみたいです。

まあ こんな感じでね どうも 信号関係のトラフ橋と トラフガーター橋を ごっちゃにして書いてしまいました。 

トラフ橋も作って欲しかったね

メーカーさんがブログで 開発中の対向式プラットホームに使用するガーダー橋ですと 画像を紹介していました。

まあ 確かにご立派なガーター橋ですが この複線というのが 曲者でね これ意外と レイアウトを作って見ると 使うのが難しいんだね 

このガーター橋に関しては、 こちらのブログでも 散々記事を紹介したりして トラフ橋を 作って欲しいと 懇願していたのですが 結局 VRM3版では、出て来ませんでしたね

その後 VRM4版では、どうかは、知りませんが なぜ 毎回思うのだが 使い回しの利かないような 個人的にお気に入りの部品を作るのか 不思議でね

もっと ポピュラーな 田舎の用水堀などに掛かっているトラフ橋や 街中でも デッキガーター橋の バリエーションが 違う感じの物とか まあ 言ったらキリがないのだが なぜか 作らないね〜

そもそも このトラフ橋なんて 作るのも簡単だし 種類も色々あるのでね ローカルシーンを 作るには、最高のアイテムなんだが おそらく こういう田舎の情景シーンが好みでない

なんか そういえば よくよく車両以外の建物や部品などを 眺めていると ジオコレにあるような部品を わざと作らないのか とにかく なんか 違う感じがしてね

でも そういった事に関しては、この界隈の人は、誰も 不満がないので 外野のおいちゃんが 言うのも おかしな話なのだが なんかね 気になってね 

そこら辺が メーカーさんに頼らざるを得ないVRMユーザーの弱い所ですかね 本来 もっと ユーザーの意見などが この手のゲームというのは、車両以外だったら 通ってもよさげなんですがね

まあ これだけ ここでも 紹介していたので 再登場だ。

鉄橋だ,鉄橋だ,楽しいな!その3

トラフ橋梁について

スルーガーター橋について

トラフ鉄橋について

ネットの中だけでも 頑張るか

槽状桁(そうじょうげた)トラフガーダー見ーつけ?

槽状桁(そうじょうげた)トラフガーダー見ーつけ?続き

槽状桁(そうじょうげた)トラフガーダー見ーつけ?の続きから

VRM3版ローカルシーン研究6

10年以上も 訴え続けていたんですがね〜 残念  

どっちにしても VRM3版には、関係ない話でした。チャンチャン

なんたって蒸気機関車は、音だね 4

又 今日も懲りずに C62蒸気機関車の動画からだ。 とにかく 大迫力の あの煙と蒸気の排出を なんとか このVRM3版で 出来ないものなのか 出来もしないのに 挑戦して やっぱり 大失敗してしまいました。

それが こちらの動画だ。



VRM5版のような迫力あるC62の煙と蒸気の排出を アニメーションで やろうと挑戦して 40枚程 画像を作ってみたが ご覧の通りの大失敗 慣れない事は、やるもんじゃないね しかし こんなにアニメーション作りが 大変だったとは、

で 結局 大迫力の煙と蒸気は、諦めて 雰囲気だけでも 蒸気機関車の昭和の感じを イメージしてみました。



C62蒸気機関車牽引スハ44系特急つばめが夕日に染まった夏の終わりの飯田線を 走行するイメージからだ。

なんたって蒸気機関車は、音だね 3

昨日 紹介した 2011年7月に行われた 群馬県高崎駅での SL3両同時発車からの動画を 見ていたら どうしても 蒸気機関車の同時並走動画を 作りたくなって作ってみました。



中々本物のような迫力には、遠く及びませんが それでもVRM3版の中では、まあまあの 蒸気機関車の感じがして 自分としては、それなりに満足だ。

昨日 紹介出来なかった もう1本のSL3両同時発車からの動画からだ。



と 今頃 紹介しても しょうがないのだが そんなに 際立って好きでもないので たまたま見つけてしまうと 紹介してしまう この程度だから 長続きするんでしょうかね

とにかく あくまでも 新VRM3★で 遊ぶにあたって なんでもいいから参考になればと 思ってね 真似して 作ったり 遊んだりしてね 暇を 潰しています。

なんたって蒸気機関車は、音だね 続き

なんか 蒸気機関車の話を書いてたら 15年近く前に書いていた記事の資料を思い出してみた。

当時は、そんなに ただ こういう資料が残っていたので それに合わせて 画像の代わりにイラスト画像で どういう機関車が 仙台地区に配属されていたかを 調べてみただけだったが 今思い返してみると 結構 面白い資料になっていたんじゃないのかと 再発行だ。

当時は、どうでも いいのと やたらと こういう物に対して 周りがうるさくてね 面倒なので 全部 資料関係は、縮小版だけにしてしまいましたが 別に なんでもないのでね タダの参考までだ。

蒸気機関車資料2










これを 持っていた本人も亡くなり 資料も 手元にないのでね

蒸気機関車資料1










ここでしか お目に掛からないものになってしまったので まあ こういうものもあったという事でね

蒸気機関車イラスト資料1









当時 苦労して 調べて イラスト画像を 集めて作ったものだ。

蒸気機関車イラスト資料2








この中のC55流線形なんて まったく 知らなかったし 戦時中というか満州だけで 走っていたと 思っていたら これらも 運転していたと 当時 聞いて びっくりしたもんでした。

蒸気機関車イラスト資料3








元機関誌のたよりない話でも 書いていたのだが 仙台機関区を中心に 常磐線の平(磐城)から 東北本線の 一関辺りまでと 福島から山形の奥羽本線(板谷峠)などが 運転範囲だったとの 話だったので それ以外の
話題は、ないのでね しかも この話を聞いた時は、すでに90歳近いまだらボケ老人だったので 詳しい話が聞けなくてね 残念だったのだ。 もし もう少し 鉄道に興味を 覚えていたら それこそ 蒸気機関車の 情報や 運転技術や 色々あったアクシデントなどの話しも聞けたのだが こちらが興味が なかったからね

昭和42年だから 今から丁度50年前ですか 華やかし頃の国鉄 蒸気機関車時代だったんでしょうが 幕を閉じる 産業革命じゃないが ひとつの区切りの時代の終わりで そして又 2040年には、ヨーロッパでは、ガソリンエンジンの車は、運転できないとの話題が 出て 電気自動車の時代に入れ替わる? 

携帯もスマホに代わり そして 鉄道模型シミュレーターも この先 VRM6に代わるのどうかは、知りませんが それでも まだ このVRM3版が 動くようであれば 続けて行きたいもんだね

その為にも 記録としてだけでも こういう話題も 残して置かないとね 
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