新VRM3★井戸端会議

VRM3こそお金が掛からない大人の一人遊びだ。そういう考えの方どうぞ!

鉄道勉強会

特雪(とくゆき)?

今年は、例年に比べ 日本海側では、大雪に見舞われているらしいですね で ネット動画で 特雪?という ラッセル車とか ロータリー車の動画が あったので紹介だ。

この特雪?とは、特殊排雪列車の略だそうで 豪雪地帯の雪国で ドカ雪を除雪する為に 臨時列車を走らせる場合に使うらしいのだ。 なんでも 夜間は雪を飛ばすと危険なため、日中に運行されるらしいです。

が ここで 使われていた DE15ラッセル車や DD14ロータリー車は、確か 今は、使用してなかったと思うのだが そこら辺は、あやふやなのだが 米坂線では、昔は、使っていたみたいですが 何年か前に 郡山で これらのDE15ラッセル車が 大量に 留置されて廃車を 待っていたのを 実際に この目で見ていたのですがね

どうなんでしょうかね なんか 今は、機関車扱いだと JRの運転手じゃないと 運転できないので 強力な高い除雪能力を備えた保守モーターカーに 代わって行き 経費などの節約になっているとの事らしいのだ。

要は、直接 昔のように なんでも 自分達では、除雪しないみたいですね 

そんな 昔の豪快な DD14ロータリー車の動画からだ。 つい この前というか 正月の休みにも米沢に行って来ましたが さすが 山形ですね とんでもなく雪が 多かったです。



こちらも JR東日本管内では、2009年から姿を 消したみたいですが まだ JR北海道では、活躍しているみたいなDE15ラッセルからの 宗谷本線からの動画だ。



こんな感じの鉄道シミュレーター関連の ラッセル車による豪快な動画は、まだ 見た事ないのでね どこかにあったら 又 紹介だ。

そういえば 2009年2月のRail Magazine305号に ラッセル車の特集記事が 載っていましたね

雪景色が 大好きな おいちゃんは、なんとかして この豪快なラッセル車の動画は、無理でも 画像で 出来ないか 昔 挑戦してみたのですがね 2007年10月に ラッセル車で思い出した。という記事を 書いていましたね




懐かしいね 今は、このいう感じの画像は、載せませんけどね〜 まあ 思い出です。

RM-MODELS2018-2月号を買ってしまった。

中古のRM-MODELSしか買わないおいちゃんが 新刊のRM-MODELS2018-2月号を 買ってしまいました。一度は、迷ったのですが こちらのRail Magazine2018年2月号と どっちにしようかと いっその事 買わないでおこうかとも 思ったが 年に一度くらいは、いいかで 買ってしまいました。

今月号は、両雑誌とも中身が面白かったのと やっぱり カレンダー付というのが 魅力でね とくにRM-RODELSに付いてきた 空撮カレンダーが 気に入って 買ってしまった次第だ。

Rail Magazineも EF81の30年という記事や 石巻線の貨物の話など面白そうでしたが 2冊一緒に買うまでの 鉄道趣味じゃないのでね

しかもだ 鉄道模型を 1個も持っていないのに 鉄道模型雑誌だけは、これでもかと持っているんだから 変わり者だね 

RMMODLS2018-2RMMODLS2018-1












このRM-RODELSは、広告ばかりでと 言う方も居ますが 逆に おいちゃんなんかは、 この広告を見て 昔に比べ ここに掲載している模型店が どう変化しているのかを 眺めては、今の鉄道模型界隈の 景気の現状を垣間見てますがね しかし 相変わらず 天賞堂の16番の広告は、インパクトがありますね EH800で 38万円ですか 高いのか安いのか ムサシノモデルに比べりゃ安いか なんてね でも 韓国製とか中国製と聞いてしまうと このご時世なんか 関係ない世界なんだね 鉄道模型趣味に国境なしか

それにもしても わからないのが この鉄道模型趣味  Zゲージ、Nゲージ、HoJ、16番、Oゲージ、OJゲージとか まあ 色々あって それぞれが 盛り上がっているんだね

それに比べ このVRM界隈は、VRM5版が 出て来ると 前のバージョンは、お払い箱みたいな感じでね そもそも そこら辺の 取り扱いが ちと 気に入らなくてね 

まずは、 鉄道模型雑誌のような 鉄道シミュレーター関連の雑誌が 出て来ると これまた面白いのだが 20年近く眺めているけど 出て来ない所を 見ていると どうなんでしょうかね

でもね YouTubeなどの 鉄道シミュレーター関係の動画を眺めていると それなりに この手の鉄道シミュレーター関係が 好きな方も 世界的には、多いのでね 鉄道模型だって 色々家庭の事情とかで 好きだけど やれない人に 本来 この鉄道模型シミュレーターが 仮想鉄道模型として 登場して それに ハマったのが このおいちゃんなんですがね

 鉄道模型のように ゲージサイズが違っても それぞれファンを 掴んでいるように このVRMも 本当に 進化したVRMだけじゃなく VRM3版程度の 簡単明瞭な鉄道模型シミュレーターが 復刻版として 出て来るような界隈になると 面白いと 一人で考えているのですが なんか 仮想鉄道模型の天賞堂を 目指している感じがしてね 

それにしては、ここに載っていた記事のように まずは、連結器が外れないようにしなければね そこら辺は、VRM3版じゃ 大目に見て 最初から こういうもんだと思っていましたがね 高級路線じゃ許されないからね だって 鉄道模型じゃ 連結器が外れたら 不具合ですからね そこら辺は、どうせアップデートで直せばいいという まあ PCの中のゲームですからね  

構内配線図が あったなんて

昨日は、東北本線開業130周年記念で 地元 仙台では、色んなイベントがあったようで E655系ハイグレード車両「なごみ(和)」の乗車ツアーも 行われたみたいです。 地元の新聞でも 開業130周年記念の特集記事が 新聞見開きの裏表を使って載せていましたね 久しぶりに新聞を 見させて貰いましたが いつもネットニュースばかり見ているので 活字になって出て来る文章が イマイチ ピンと来なくてね まあ こんなもんですかね

ところで 今日は、鉄道書籍の中から こんな「構内配線図があったなんて」と 思ってしまった書籍を 紹介だ。 構内配線図というと なんと言っても懐かしい駅の風景〜線路配線図とともにが 一番に思い出し 又 今まで一番参考にして見てましたね そして おいちゃんも 知り合いからの情報とか Google地図やグーグルアースの航空写真とかを 参考に 自分で 今まで地元関係の 構内配線図は、作っていたんだね

そして 来年から予定していた新仮想仙台圏レイアウトを 作る予定で仙台駅周辺関係の構内配線図を 調べて 自分なりに 構内配線図を作っていた所で 見付けたのが 日本の鉄道 東北ライン第6巻仙台・山形エリアの書籍だ。 もうひとつが 鉄道配線大研究という書籍だ。この配線図が 本来は、どうのこうのなんて おいちゃんには、まったく興味がないのでね あくまでも このVRM3版レイアウト作りに役に立つかどうかでね 

鉄道書籍 東北ライン鉄道書籍 鉄道配線大研究













中身は、仙台・山形エリアの鉄道沿線写真と 駅構内などの構内配線図の地図イラストが 載っている感じで 普通に 全国の鉄道配線図の中からトータルとして シリーズとして 眺めるには、最高みたいですね

でも そのエリアに特化して眺めてみると 自分がレイアウトを作る上だと ちと 物足りない感じがしてね この川島令三さんは、TVなどに たまに列車事故などが あった時にコメンテーターとして出て来る人みたいですね

こういう構内配線図とかは、鉄道関係にコネがないと 手に入らないものが 結構あるのでね いくらGoogle地図でも 正確な構内配線の線路までは、表示されていないので そこが 素人の限界ですね

しかし鉄道書籍は、高価ですね この100ページもない感じの書籍で1404円ですか 

鉄道書籍 鉄道路線鉄道書籍 キハ58物語













次に 紹介するのが この「地形で読み解く鉄道路線の謎」という書籍だが 中身は、詳しくは、読んでは、いないのだが 地形で読み解くという文言が 気になってね そもそも 鉄道は、自動車や道路が出来る前の何十年も前に 出来ていたのでね そこが わからないと どうして こんな山奥を 路線にしたとか なんで こんな迂回した路線にしたとか どうして ここに駅が出来たのか 政治的配慮とか 地方の権力者の力関係とか 調べると面白いのでね この地形から読み解くというのが 興味を そそったのだが 首都圏編なのでね

そして 右側のキハ58物語は、10年以上も前に 図書館から借りて読んだ書籍だ。 このキハ58物語は、キャンブックスのJTBパブリッシングの鉄道シリーズに載っている一冊ですが 他にも 面白そうな本があるみたいでね

103系物語や 山手線ウグイス色の電車今昔50年とかは、 面白そうですね

20番分岐器から

前に紹介した記事でNjゲージ鉄道模型とは、と 重複するのだが 日本で 一番最初に この20番分岐器が 設置されたのが 地元宮城の東北本線と常磐線の終着駅になっていた岩沼駅構内に 設置してあったんですね

これは、知り合いの鉄道関係の人から聞いては、いたのですが それが 岩沼駅構内のどこなのかが わからなかったのですが こんな記念碑の写真を 貰ったので なんとなく 場所が わかったので 報告だ。

20番分岐器設置記念碑1






















まあ 興味のない方には、どうでも いい話ですが 分岐器が大好きなおいちゃんとしては、どうして この日本じゃ それまで無かった 20番分岐器という大きな番線が 登場して それが どうして この岩沼駅に 一番最初に 設置されたのか? そこら辺が 興味があったので 調べていたんだね

分岐器とか 鉄道関係は、 まったくの ど素人なので ほとんどが ネット記事で 調べて眺めている程度なんですが 例えば この分岐器の番線にしても 詳しくは、ほとんど知らないので そこら辺は、DO!トレインというサイトの中の分岐器調査隊の中に 詳しく 記事が載っているので 参考にして下さい

で 本題の なぜ岩沼駅に この20番分岐器が設置されたのか? ここらの話しは、諸説が色々あって そこが この20番分岐器設置の なぜなのか? が 面白いんだね (7年前に紹介しているかも)

それが ここの「Kojii.net ココログ別館」というブログの中の岩沼駅の構内配線という記事の中のコメント欄で 熱いバトルが 繰り広げられていました。こういう話を聞くのが大好きでね 知り合いの鉄道関係の人の中でも 諸説色々あって これが正解という話は、知りませんが まあ 面白いのでね

こういう 鉄道路線とか 構内配線に関しては、本当に 色々あって とくに政治がらみが一番面白いですね 今でいう 忖度も あったかも知れませんね

10年以上も前に 作っていた 岩沼駅?のつもりで描いた構内図を 紹介だ。

岩沼駅構内?







この中の★マークの場所に 記念碑があるみたいですね  当時は、貨物に 興味があって 色々こういう構内図を 調べていましたね でも 結構 構内レイアウトを 作る時に どういう入線ルートを 決めて 配置するのかとか そういうのが 好きでしたね〜

こういうのを 調べるときに 日本鉄道施設協会というサイトの出版図書とか 最高時速160km走行を支える世界最高水準の技術が 載ってる成田高速鉄道アクセスという会社のサイトや38番分岐器開発秘話とか なんでもかんでも関連するものを 片っ端から眺めては、いるんですが 中身が さっぱりわからないというのが おいちゃん流ですね

話は、Nゲージに 変わるのですが Nゲージの分岐器で 普通の4番、6番じゃない外国製の大型分岐器を 紹介しているのが Nゲージの分岐器にこだわる というサイトだ。 この中で 同じNゲージでも 線路のレールの高さが 異なるんですね だから 日本のメーカー線路と組み合わせるのも 結構 大変なんだね

そういえば はじめてのNゲージ」(鉄道模型)入門ガイドではTomixとKATOの レールを対比していましたね

線路の幅は、9丱押璽犬世韻鼻‘讃欧箸大きさが違うので 実際は、組み合わせが難しいみたいでね 実際の鉄道でも レールサイズは、場所によって 60kとか50kとか サイズが異なるもの同士が 組み合わさっている場所も結構あるし 又 地元の石巻線なんかに行くと まあ これが 面白くてね 40k、50k、60kの 中古レールが入り乱れたりして 結構 レールとか分岐器は、面白いですね〜 調べると

プラットホームに一言だ。

プラットホームに一言だ。なんてね 最近 よく見掛ける IMAGICさんのブログの現行のプラットホームで見られる各種装置という記事を見て 設定が 都会的というのか 新しい感じが好きなのか そこら辺が 気になったので 書いて見る

まあ 別に VRM3版じゃないのでね 余計なおせっかいなんだが どういうレイアウトを意識して こういう感じの部品を作っているのか それが気になってね 高架駅にしても 都会の地上の在来線とかが 拡張工事で 高架区間になった感じの駅ホームからの高架橋脚みたいな感じだと 勝手に想像しているのですが

当方が 今一番 気になっているのが 昭和の感じが残って居ながら 未だに現役で 使われている田舎のターミナル駅までは、いかないのだが 少し大きい駅関係のプラットホーム関係だ。

早く手短に言うと あの新海誠監督が 得意とする 夜景が 似合いそうな感じのプラットホームで 例えば 昔のレールを 使っている感じとか そんなプラットホームが 大好きなんだね

3年程前に紹介した夜の大捜査線じゃない夜の立ち寄りだ。パート3夜の大捜査線じゃない夜の立ち寄りだ。パート2などの 東北本線の白石駅などのような感じのプラットホームみたいなのがあると 面白いのだがね

確かに VRM3版にも こういう感じのプラットホームもあるのですが まだまだ 細かい部品が少なくて 少し物足りなかったのでね 改めて この夜中のプラットホームの画像を紹介だ。 貰った画像もありますがね

白石駅ホーム1白石駅ホーム2





人気(ひとけ)が ない夜のプラットホームは、絵になりますね 他の東北本線の駅でも こういう感じで いいんだね〜

白石駅ホーム3白石駅ホーム4





この白に近いアイボリー色が 夜になると 蛍光灯の光に反射して見栄えがいいんだね

白石駅ホーム6白石駅ホーム5





と こんな感じのプラットホームが 部品としてあったとしても VRM3版じゃ 夜景には、使えませんがね 

鉄道模型レイアウトでも プラットホームの蛍光灯の照明は、中々面白い物があってね もちろん アニメにも登場していますが どの程度の 照明の明るさと 照明の範囲が これからのVRMなどのプラットホーム部品を含めた部品作りのヒントかもね それと 看板の照明や 出発反応標識などが 点灯すると よりリアルな感じで 面白そうですね まあ いづれも 理想ですがね 

本格的な夜景をイメージしたレイアウトなんかも VRMだからこそ出来る技かも知れませんね

追伸

田舎の駅には、まだ 非常停止ボタンが 装備していない駅もあるのでね そこいらからも 都会の駅なのか田舎の駅なのか どういうイメージで 部品作りをしているのかなんてね もっと 突っ込むと 鉄道付帯設備に関しても JR東海中心なのか JR東日本中心なのか 特殊信号発光機(特発)も 回転式だけじゃなく発光式(通称とうもろこし)もあって こちらの東北じゃ ほとんど とうもろこし形しかないけどね

VRM3版には、とうもろこし形は、無かったけどね 今は、あるのかな

今日は、碓氷峠関係から

いつかは、行って見たいと思っている碓氷峠鉄道文化むらの紹介動画があったので 紹介だ。



中々面白かったですね これ見てしまったので もう行かなくても いいか 次は、昭和38年頃の国鉄信越線 横川・軽井沢間のアプト式路線で活躍するED42の8ミリ映像だそうです。



話では、聞いていましたが 動く動画は、初めてでね ED42や 前のEF63にしろ 碓氷峠に合わせた特別仕様の機関車だったんですね 初めて知りました。

もう一つは、BVEの動画で EF63+あさまで、横川から軽井沢の碓氷峠の急勾配区間を力強く後ろ向きで」登って行く動画からです。 相変わらず BVEは、独特の雰囲気がありますね



VRM5版の線路に似ている感じもしない訳でもないのですが こちらのBVEの方が 線路に関しては、作りの感じは、アドバンスルール並みの作りは、VRM3版が 登場した時から こんな感じでね

憧れでしたね〜 でも 運転は、出来なかったね〜 どうも 電車でGOも 上手く運転出来なかった。 だからじゃないが その反動なのか レイアウト作りの方に 固執していますね

どうですか とくに あのトンネルのアーチ形が いいんだね やっぱり トンネルは、アーチ形ですよね〜 動画で見るのは、VRMだろうが BVEだろうがRaillSim、Trainz,MMD鉄道 なんでも いいいんです。

もちろん 鉄道模型もね


トラフガーター橋の続きから

トラフガーター橋の写真を 知り合いから頂いたので 紹介だ。

今回の写真は、なんでも 米坂線のトラフガーター橋らしいのだ。米坂線は、10年程前に 現場仕事で 1年近くも 近くに居たので よく知っているので 懐かしさも あって紹介だ。

トラフガーター橋脚1トラフガーター橋脚2







用水堀も こんな感じで コンクリートで 固めている所もあるんですね

トラフガーター橋脚3トラフガーター橋脚4







最初は、架空の信号ケーブルなどが 用水堀を 跨いで 空中に架かっていましたが 今回は、信号ケーブルなどが 入っている 鉄骨の管路橋が設置してありましたね コンクリートのトラフを載っけている トラフ橋という鉄枠の橋もあるのですが それは、長さが短いやつで こういう感じの8m以上だと 管路橋になっているみたいですね 信号ケーブル関係に関しては、仕事柄 よく 話は、耳にするので 意外と 知っているんだね

だから あのVRM5の トラフを 地表に並べるみたいな感じは、どうも 感覚が違うんだね トラフは、地表に見えるのは、上の蓋の部分だけですからね だから あんな身の部分の部品に力を注ぐくらいなら 本来は、フレキシブルの蓋だけが 並んで見えるような部品で 十分にレイアウト上では、絵になると 思うのだが

まあ そういう話を 書くと 怒られそうなので 要は、 レイアウト上では、見た目が どうなのか? ここが重要だと思うのだがね リアルな部分も 十分わかるのだが ある程度 プロならば それなりに見えちゃえばOKという発想も必要じゃないのかとね おっさんの 独り言だ。

トラフガーター橋脚5トラフガーター橋脚6







そして こちらは、 まだ きちんと整理していない用水堀の上のトラフガーター橋からだ。 このトラフガーター橋の 面白い所は、塗装の色が 色々あってね 何十年かに一度 塗りなおしているみたいですが これが 前回と 同じ色に塗っているのかと思えば それが まったく違う色に仕上げてあったりしてね これが 色んなトラフガーター橋の 大きさ長さ厚さそして色が違う所が 面白いんだね

何回も しつこいのだが ここのトラフ橋梁についてからだから おいらも 好きですね〜 ハッキリ言って 車両とかよりも 線路とか 鉄橋や駅などの 鉄道付帯設備の方に 興味があるみたいですね

元機関士の話の再登場だ。3

探したら なんとかVRM3★王国のネタが あったので ここで紹介だ。 15年以上も前の記事なのでね そのまま抜粋掲載だ。画像は、拡大しませんので ごめんね

元機関士のたよりない話8

形見分けと言ったら怒られるが色々整理してたらEF71のパンフレットが出てきた。たぶん電気機関車の運転手の試験の時の教習用車輌かなんかだと思うが 本物の電気機関車の説明書は初めてみたので驚きだ。 それにしてもEF81は知ってるがEF71は,今まで本や雑誌を見てるが ほとんど写真や記述が見当たらなかった。よほど人気がないのかなあと思ってた。ところが どっこい知る人ず知る名機関車じゃありませんか。それも15両しかないし こちら東北だけの機関車みたいなのだ。これは調べなきゃと本を見たら 今は 山形新幹線に換わって 全て廃車じゃありませんか。それも どこにも写真や記述が本には,載ってなかったのである。そんな時 ヤフーの検索で見てみたら あるは,あるは,沢山あるじゃないですか。この差は、何なんだ!しかし本など人気がない機種は,写真1枚も載せないのかよマイナー機種はつらいのだ。  



 EF71は,みちのくのシェルパだったのだ。

EF71は,1968年〜1973年にかけて奥羽本線板谷峠間の交流化に伴い峠区間専用の補助交流機関車として誕生した。全長18.6m 重さ96t出力2700kwの当時としては力持ちであった。そのため 当時 峠の力餅なる駅弁みたいな物があったらしいのだ。何でも この奥羽本線の板谷峠て言うのは,連続33.3%の上り勾配で 途中スイッチバックもあった難所だったらしいのだ。あの碓氷峠に負けない位の峠らしいのだ。まあ同じ東北に居ながら 知らなかったのだから鉄ちゃん以外知らないのは,しょうがないか。と都合のよい いい訳だ。そんなEF71も1992年に全廃させられているのだ。使い道が無かったらしいと書いてあったのだ。世間は冷たいのだ。しかし 全廃になってた1輌が この仙台の近くの利府にあったそうなのである。もしかして あの汚い機関車がそうだったのか 毎回通った時見た覚えがあったがEF71とは,知らなかった。 そんなEF71の沢山あるHPを覗いていたら今度 引越しをしてすぐ隣の新幹線の車輌基地に運ばれた写真を発見した。色も塗り直したみたいだ。 仙台の公園なんかにも本物の蒸気機関車置いてあるが 綺麗に磨いてあるの見たことないなあ。 こういう機関車なんかは,マニアに無償で譲ってやった方が丁寧に大事にするから いたずらや落書きで駄目にするより よっぽどましだと思うのだが どうだろうか?EF71で検索すると沢山の写真が載ってるHPがありますよ。    



 元機関士のたよりない話9

前のところで情報が確かでないEF71のパンフレットを紹介してしまったので 今度は本物の説明書を紹介する。このDD13ディーゼル機関車の説明書は,DD13の500番台(501〜518)と600番台(601〜651)の重連用の接続する時のブレーキ,空気管などの回路図が書いてある説明書で この他に拡大した青焼きした大きな図面もあった。この回路図を覚え なをかつ構造も覚えるのだから 数学わからなきゃ出来ないわ。改めて86歳のじいさんに関心させられた。運転手なんて車と同じで運転だけ覚えればいいのかと思ってたけど昔は 構造も覚えなければ駄目なのだ。そういえば おいちゃんが車の免許取った30年以上前は,構造も試験問題にありエンジンの構造位はわかってたが 今の人は,エンジン自体が何かもわからなくても運転できるから楽だな。だから他に「DD13 51号以降の故障及び現象」など 運転手が故障の原因などの報告書を書いた物まであるのだ。空ノッチ試験などが書いてあり 結構トラブルがあったみたいだ。こんなの今あったら三菱自動車じゃないけど新聞沙汰かもしれないが40年も前のことだから時効だな。



蒸気機関車80年史より1

昨日 紹介した蒸気機関車80年史の後ろの方にあった蒸気機関車の年代表から仙台機関区在籍の蒸気機関車を紹介する。このガリ版印刷の字だけでは,わからないので 「蒸気機関車メカニズム図鑑」グランプリ社のイラストを拝借して載せた。最初は,明治時代から大正にかけのタンク機関車とテンダー機関車を載せてみた。 


 

蒸気機関車80年史2

こちらは昭和の初期の蒸気機関車である。なを年号と番号だけのやつは,参考イラストがなかったので 一応在籍の車輌だけ番号を紹介する。この中では,C55流線型やじいちゃんいわく運転手から一番カッコいいと言われてたC57あたりが 一押しだ。




蒸気機関車80年史3

最後は,戦時中から戦後にかけての蒸気機関車だ。まあここで誰でも知ってる事だけどCは,動輪3つでDは,動輪4つ そしてCは旅客専用でDは貨物専用なのだ。ここまでは,なんとなくわかっていたがスピードが違うとは,知らなかったのだ。要するに動輪が大きい方がスピードが出る高速タイプで動輪が小さい方がパワータイプなのだ。これじいちゃんに聞いて始めて知ったのだ。だから 仙台機関区は旅客専用だからC51,C62などがあり 貨物専用のD51,D62は隣の長町機関区の配属で分かれていたらしいのだ。 でも長町機関区でD51なども運転したとも言っていた。 

全然 たよりない機関士じゃなかったと 今更に思うのだが 当時は、まだらボケでいたのでね やっとこさ話が聞けた状態だったんですがね もう亡くなって 15年以上ですか 自分も そういうばだらまだらボケみたいな感じになって ど忘れが 多くてね やっぱり歳だね



 



元機関士の話の再登場だ。2

探したら なんとかVRM3★王国のネタが あったので ここで紹介だ。 15年以上も前の記事なのでね そのまま抜粋掲載だ。  画像は、拡大しませんので ごめんね









元蒸気機関士のたよりない話4

前にも紹介したがおいちゃんの義理のオヤジさんが蒸気機関車やディーゼル機関車の運転手だった話をしたが 珍しい資料が出てきたので 紹介だ。この資料と言うか たぶん内輪の運転手たちが作った物だと思うのだが仙台運転所の年表見たいなものが書かれている。内のじいさんが最後の機関士で このガリ版では,昭和42年10月に蒸気機関車が全廃になっている。まあ約40年位前の事なので 前からの機関士は蒸気機関車と共に辞めて行ったのだろう。 じいさんは,当時46歳位で この歳で 当時20歳位の若い兄ちゃんと 又一から勉強して電気機関車やディーゼル機関車の試験に合格して その後も活躍してた。 おいちゃんも後で知ったが 結構電気関係知らないと難しいらしいのだ。 そんな じいさんも86歳だ。最近 体調も悪く 蒸気機関車やディーゼル機関車の話など さっぱり しなくなった。今頃 聞く方が 悪いのだが おいちゃんも 今まで興味無かったからなあ。 



元蒸気機関士のたよりない話5

 中身は,仙台機関区蒸気機関車80年史のタイトルのガリ版刷りだ。明治19年6月日本鉄道株式会社が機関車庫を設立 20年12月東北本線上野〜塩釜開通に伴い現在の仙石線地下道北側付近に長方形車庫建設 明治24年9月東北本線上野〜青森開通後は 抜粋して書きますが明治31年8月常磐線開通 明治39年11月国鉄に変わる 仙台機関庫になる。(当時の職制 機関庫主任(区長)機関庫助手(助役)機関士,火夫,掃除夫,炭水夫,合図方,職工 大正5年10月現在地に扇型車庫建立 大正7年機関車及び乗務員の長距離運転開始(区間 仙台〜盛岡 仙台〜白川 仙台〜平)まあ他は建物の新設とか増設の話なので機関車に関したものを抜粋。 昭和25年10月C61形機関車15両によって仙台〜上野長距離運転開始12月仙台〜青森間の長距離運転開始 昭和29年1月C60形機関車10両配置 昭和33年10月特急列車はっかりC61形で仙台〜青森間運転昭和38年仙台電化完成 昭和42年10月常磐線電化に伴い蒸気機関車(C61形3両C60形8両)全廃。 まあこんな感じが書いてある。




元蒸気機関士のたよりない話6

一緒に蒸気機関車の年表もあったので紹介だ。●印のある物が仙台機関区に在籍してたものらしい。
追伸 これらの資料は,全てJR東日本の車輌基地の方に手元に持っててもしょうがないので預けた。ゴミなのか資料なのか おいちゃんには,わかりませんが 何かの機会にどこかに資料として残ればね



元蒸気機関士のたよりない話7

一緒に 表彰状があったので紹介だ。10万キロ無事故記録の記録証みたいだ。 今の人はわからないけど 昔の国鉄の機関士と言えば 鬼の動労と言われた闘う組合員の一団だったのだ。だから国鉄職員と言っても他の職員とは別格扱いだった。そういえば30年位前72時間以上も電車止まった時があったなあ。まだ義理のオヤジさんじゃ無かったけど あの時は,東京に居て 通勤が出来なくて 確か歩いて2時間以上掛けて会社に通った記憶があるなあ。あの時ほど 動労ほど憎い存在なかったけど JRになって一番徳したのもこの人達じゃないのおかげで 今じゃ誰もスト出来るほどの組合は日本じゃないもんね。
(大きな声じゃ言えないけど 昔心中とか自殺というと機関車に飛び込むケースが多かったらしい だから新聞なんかに載らない飛び込み事故なども多かったと聞いた事がある。その中での無事故それも10万キロは,凄いね。同じ車でも10万キロ走るのは,プロのドライバー以外少ないからね)




元機関士のたよりない話8

形見分けと言ったら怒られるが色々整理してたらEF71のパンフレットが出てきた。たぶん電気機関車の運転手の試験の時の教習用車輌かなんかだと思うが 本物の電気機関車の説明書は初めてみたので驚きだ。 それにしてもEF81は知ってるがEF71は,今まで本や雑誌を見てるが ほとんど写真や記述が見当たらなかった。よほど人気がないのかなあと思ってた。ところが どっこい知る人ず知る名機関車じゃありませんか。それも15両しかないし こちら東北だけの機関車みたいなのだ。これは調べなきゃと本を見たら 今は 山形新幹線に換わって 全て廃車じゃありませんか。それも どこにも写真や記述が本には,載ってなかったのである。そんな時 ヤフーの検索で見てみたら あるは,あるは,沢山あるじゃないですか。この差は、何なんだ!しかし本など人気がない機種は,写真1枚も載せないのかよマイナー機種はつらいのだ。  

元機関士の話の再登場だ。1

探したら なんとかVRM3★王国のネタが あったので ここで紹介だ。 15年以上も前の記事なのでね そのまま抜粋掲載だ。画像は、拡大しませんので ごめんね

元機関士のたよりない話1

女房の親父さんは,元国鉄の機関士で蒸気,電気,ディーゼルの3種類の機関車を運転した今となっては珍しい爺さんなんだが,いかんせん85歳近いのでちょこっとう話が通じないところがある。今日用事があったので寄って少し話をしたのだが 熊本で走ってたSLあそBOY58654形の8620形蒸気機関車が28日で廃止された話をしてみたら なんと8620形も運転したことがあると言うではないか。ならもう少し聞いて見るとおいちゃんの知らない蒸気機関車の名前が沢山でてくるのだ。確かに爺さんは,ちょっと記憶が飛んでるところがあるが 今帰って来て調べて見たら本当にあったので報告だ。爺さんは,70年前くらいに国鉄に入り蒸気の釜焚きから すぐ機関士になった当時としては,優秀な機関士なので蒸気から電気に替わってもすぐ覚えられた爺さんだ。なんせ当時中学行ってないけど数学だけは得意だったらしい。仙台の運転所を拠点に北は盛岡 南は東北線が郡山,常磐線が平までと仙山線が山形あたりを中心に運転していたらしい。まあここら辺もうる覚えで正確かどうかはわからない。 でも機関車の番号を言うとすらすら答えが出てくるのだ。前に他で話したがC11,C51,C61そしてED75,DD51までは,前に聞いていたが 今回初めて8620,C10,C12,C56,C57,C59の名前が出て来た。C11は,知ってるけど他の番号の機関車を知らないおいちゃんは,ほんとかいなと思って調べたらあるじゃないですか。聞いて良かった。しかし こんなもんですよ。おいちゃん達が言ってる程 とうの運転してる本人は,機関車うんぬんなんて思ってないもんだよ。なんせ昔は,「泣く子も黙る鬼の動労」と言って国鉄の機関士て言うのは他の国鉄職員と違って機関車,電車を三日間も全国で停めた人達ですからね。逆にあんまり鉄道マニアだと 逆に業務に差し障りが出てくる方が多いかもしれんな。でも 他にED75の重連の走り方とか C51などの蒸気機関車の走りとか重連の走りなども少し聞いたが おいちゃんもこの年になるまで興味無かったので 爺さんに何十年もいつでも聞く機会ありながら聞かなかったので残念だ。



元機関士のたよりない話2

今回 
聞く方が何も知らないのではと思い協力助っ人持参で行きました。まずひとつはあの「山と渓谷社の20世紀栄光の蒸気機関車」の写真集とこれが凄いのですが「蒸気機関車メカニズム図鑑」グランプリ出版 細川武志著 この本の凄い所は 本人がイラスト(テクニカルイラスト)を書いてメカニズムを まるで車のサービスマニュアルのように書いてる所です。前置きは,さておき前回の確認からするとおもに運転したのは,常磐線の仙台-平間が多く次が東北本線の盛岡まで仙山線は仙台から作並までが多かったそうだ。もちろん蒸気機関車の頃の話なのだが いつ頃と聞くとこれが「まだらボケ」が出るので細かい事は記憶が飛んでるのだ。それでも思い出して 話したので 聞いてみた。東北本線と常磐線では,C51,C50が一番多く運転して 後半はC60,C61,C62を運転したらしいそしてたまにC55,C57,C58を運転したが なぜかC56だけはないらしい。それと仙山線では,C10,C11,C12を運転したらしい。本来仙台機関区の配属なので旅客が専門でC51、C61などスピードの出る機関車専門だったようだ。でも同じ仙台でも長町機関区でD51などで貨物を運んだと 初めて今日聞いた。旅客と貨物では,機関車の特徴が違うらしくD51などはスピードよりパワーの方が大事だし 又C11などテンダーのない蒸気機関車は,走行距離が短く 近郊向けなのだそうだ。鉄道マニアなら当り前の話だが ド素人のおいちゃんが聞いてるので そんなC51もD51も動輪の数が違うでけかなと思ってたので 細かい区分けを初めて知ったのである。しかし本当かどうか調べて見ないとわからないので疲れるのだ。



元機関士のたよりない話3

また爺さんの頼りない話の続きだ。爺さんの常磐線の平-仙台間の話だが どうも蒸気機関車が廃止になって約35年 またその蒸気機関車をその前に30年以上も運転してたのでC51,C61,C62が ごっちゃになって断片的に覚えてるらしい。何でも平-仙台間は約150Km位あるのだが 片道約3時間掛けて運転して4時間位休んで又3時間くらいで帰って来るのが多かったらしい。一番聞きたかったのは,どのくらい距離を走るのかだった。要するに石炭と水を満タンにしてだ。爺さんいわく水が17t位で石炭7t位で150kmでは,あまり盛岡辺り約200kmまでは,補給しなくて走ると言っていた。しかし この話もC51なのかC62なのか わからないので疑問だ。そこで参考までに調べたがD51のテンダーだと水20t石炭8tらしい。まんざらデタラメでもないみたいだ。平-仙台間は,比較的平で蒸気機関車1両で客車10輌位牽引して行くそうだ。たまに重連の場合だと12,13輌を牽引する事もあるそうだ。それと東北本線の福島方面の場合は ほとんど重連だそうだ。それと知らなかったのだが画像のイラストのC55の流線型の機関車も運転したそうだ。そしてC57がスマートで一番カッコ良かったと言っていた。やっぱり資料がないと 話にならないものだ。しかし蒸気機関車てのは,知ると面白いね。あのデカイ釜の中が水だらけで あのデフレくターと煙突の形状が トンネルなどの走行の時に煙が運転台に入らないようにするため改良をして来たことなど 知れば知るほど面白いのだ。とくにこの「蒸気機関車メカニズム図鑑」は 本当に参考になる。運転してる本人が その気ないので 全然資料がないので 本当に残念だ。

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